わたしの原点

人間は何処から来て、何処へ行くのか。

2017.10.30 修道院いき決定

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ごきげんよう

 

ごきげんようというのは,わたしの祖母方の挨拶です。

わたしは祖母に育てられたと言っても過言ではありませんでした。

祖母は大変勉強ができる人で,今でいうお茶の水女子大に進学を勧められた過去がありましたが,また,兄弟を上の学校へやりたいと思い辞退したのでした。

道は開けて,知能の高さから役人制度ができる前,無試験で役人になるほどの人だったと親戚伝いで聞きました。

わたしは良く祖母に似ていると言われます。

自覚はありませんが。

祖母はわたしに大量の本を与えましたし、図書館に毎日連れて行ってくれました。

幼いわたしは「兄のように帝大にいくんだよ」と言われて育ちました。

それくらいの量を読んだせいか,否か,わたしは高校生のころに過労で倒れてしまいました。

そのときはもう「帝大」のふた文字はわたしの中にはなく,「藝大」の文字に変わっていました。

わたしを変えたのはピアノでした。

4歳から習っていたのですが,教授に付属高等学校に来ない?とリクルートされるまでのレベルになり,手を叩かれて練習していました。

勉強は,自覚なく小学生の頃に高校レベルまで到達したらしく,何も勉強しなくても成績はトップ10でした。

後に家庭教師をしましたが,どうしてその子が勉強がわからないのか,わたしは理解できませんでした。

 

様々な経験を最中にしましたが,また今度。

 

今回の写真は母,妹,わたしで作った料理で叔母を招いてパーティーをしたのです。

叔母はわたしが生まれたという理由で外国から日本に帰国した恩ある人です。

後にコロンビア大に親友ができるのですが,日本にきたときのやりとりを全てしてくれました。

わたしは叔母に似ていると言われるけれど,自覚ありません。

叔母は30年前に,高校生は日本,大学生はニュージーランドかアメリカでした先進的な人です。

 

叔母は事業を始めたそうで,生き生きとしていました。

3人でつくった天然酵母のパンを美味しく食べてくれました。

こういうひとときがわたしには幸せでなりません。

 

タイトルはそのまま。

わたしは11/3〜11/5まで修道院にお世話になることになりました。

自己を見つめることがテーマなので,急遽現代思想を学んでいます。

まだまだ勉強が足りずに悔しくて悔しくて。

今,障害の治療で強い薬を服薬しているため,意識が朦朧としてしまうのです。

 

障害のないわたしも,見てみたかったな。