わたしの原点

人間は何処から来て、何処へ行くのか。

2017.11.12 わたしの原点

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 目を開けたら,そこは真っ白い世界が広がっていました。

うすらぼんやりと,ぼんやりと。

 

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20歳のわたしが決断をしたことは2つありました。

 

1つ目は,15年続けたピアノを辞めること。

2つ目は,司法試験を4年生で合格すること。

 

ただ,現実はそうはいかず,今でもピアノは続けている,加えてオルガニストになったし,司法試験は受からなかったしということです。

伏線はたくさんありました。

決定打になったことは、教養のとき,即ち1年生のときにレポートを出したら

「(法科大学院ではない方の)大学院に進学しないか?」と勧められたときにもうあったのに。

18歳の夏に,わたしの道は示されました。

然し乍ら,わたしは研究の道ではなく,自分の意思で,間違えて,司法試験を選んでしまいました。

本当は,研究の道が良かったのだというのに。

 

もし,なんて言葉はあまりに陳腐ですが

 

もし,司法試験を受けなかったら

もし,休学して研究室を受験していたら

 

と,ふと考えてしまう自分がいます。

 

わたしはずっと音大志望だったのですが,模試の成績がずば抜けていたこともあり,

周りの人から司法試験を勧められるようになりました。

中学2年生のときから事情があって塾に通ったのですが,塾長から「この偏差値なら音大はもったいない」と言われていました。

中学生のころの偏差値は70を軽く超え,高校生になると78とか,科目によって全国トップ3に入ると80を超えることがありました。

ただ,高校1年生のときに急に倒れてしまったことがあり,そこから成績はアップダウンが激しくなりました。

 

音大を考えていたわたしに転機が訪れたのは16歳の冬でした。

「日米高校生サービスラーニング」というNGOの団体でボランティアをする機会に恵まれたのです。

わたしの学校は奉仕の精神の学校で,毎年必ず何らかの奉仕をすることが義務づけられていました。

そこで,わたしは幼稚園のボランティアなどをしていましたが、16歳のとき,「貴女は英語ができるのだから」と言われてNGO団体の受験をすることになりました。

英語は偏差値英語なのでからっきしということはわかっていましたし,ほかのクラスの帰国子女で英語が堪能な女子が合格するであろうとおもっていましたが,3番目の合格者にわたしが選ばれました。

最初,わたしは戸惑いました。

英語,分からないのに……

 

実際は,ピアノを弾いて施設のボランティアをしたり,発言しなくていい数学と物理のクラスを受けたりと欠点をうまくカバーできました。

あの先生の勘は当たっていたようで,今でも当時の友達とメッセでやりとりとしています。

1番英語力のないわたしがアメリカ人との交友関係を続けることができたのす。

 

アメリカに行って考えたことは,ざっくばらんにいうと,法システムを学ぶことによって世界を理解したいということでした。

そこから少しだけ法学部を意識するようになりました。

 

最終的に,大学名を書いてしまうと,東京藝術大学の受験はやめて,東京六大学で司法試験トップ10に入っている大学を受験するということに決めました。

 

ただ,17歳でアイルランドから帰ってきてその後具合が悪くなり,辛い日々が続いていた現状があります。

体調があまりにも悪く,父に学校まで送ってもらったことが何度もありました。

そのうち,大学受験はやめようか,などと考えるようになりました。

病魔は刻刻とわたしの心を蝕みました。

 

結局,神様のイタズラで上記の大学に進学し,司法試験も受からなければピアノも続けているという現在の生活に至りました。

 

ただし,司法試験はすべてが無駄になったわけではありません。

大量の文章を論理的に組み立てて読む訓練になったので,その後永田町で仕事をする際に大量の情報を処理する役に立ちました。

 

20歳の原点,それは弱いわたしが自分の人生を自分で決めることでした。

 

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白い箱の中で分かったことは,当時の担当医曰くわたしは知能が高くて今までやってこれたということ。

並びに,自分の感情をうまく吐き出して助けを求められないということ。

 

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何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。〔コヘレトの言葉より〕

 

聖書に上記のようにある通り,これからは自分の道を見極めて人様の力にも頼りつつ,生きてみようと思います。

(後日加筆修正致します)